こめいがねんど

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おおはたまちができるまで~南部のはなし~78

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お世話になっております、シヨウx3です。

 

南部のはなし78です。

 

根城南部氏五代の誠忠(Ⅱ)

師行の遺訓

 顕家の国代を勤めていた師行ですから、中央情勢もある程度わかっていたと思われます。

多賀の国府さえ守り切れない東北の南朝軍が、たとえ西上はしても今度の戦こそは最後の奉公になるであろうと、師行は覚悟をしていたのでしょう。

根城の出発にあたって、あとに残る養子の政長、孫の信政に我が身亡き後の遺訓(教え)を残しています。

 我々この度の上洛は必死の対戦になるだろう。

もし私が討ち死にをしたと聞いたら、不義に下らなかったと喜んでくれ。

くれぐれも浅はかな考えを持ってはならない。

一人でも生き残る者があるうちは君のためよく仕え、義を変えてはならない。

私が官軍に味方をして以来、数十ヵ所の領地を賜り、身に余る大役を仰せつかったのは、これみな天皇の御厚恩と、顕家郷のお指示によるものである。

どうしたらこの御恩に報いることができるだろうか。

この天皇の意に逆らう尊氏に味方し、天皇に弓を引くようなことがあってはならない。

一時の栄華は衰えることがあっても、忠義の武名は末代まで朽ちることはない。

快楽や奢りを得ようとすれば、ついには敵に下り不忠をなして、先祖の名を汚すことになろう。

君のお役に立つには家来が無くてはならない。

家来に接するにはわが子を愛するごとくにせよ。

 

そして師行はこの遺訓の最後に、宗家の十一代信長の事についても言い残しています。

 

 さてまた嫡家*1の伊予守殿(信長)は、宮方へ味方なされて、本領を安堵されたことは幸いである。

だが尊氏が天下を取って、私が死んだ後、その方たちは世の行く末をよく見極めて、宗家に力を貸して、尊氏によく尽くせるようにせよ。

 

この宗家についての遺訓は今後の根城南部氏にとってなかなか大切なことを伝えています。

師行はいつかは必ず南朝が衰えて、北朝の世になることを予想していたようです

そういう時世になったとき根城南部氏が、どのようにすればよいか、後々のために政長たちによくその道を諭しています。

 

 我が家の子孫はたとえどのようなことがあっても、天皇に弓を引くようなことがあってはならない。

 

と、堅く南朝支持を命じ、ただし

 

 宗家は北朝に仕えることになるだろうから、その時は力を貸して、南部氏が長く栄えるようにせよ。

 

と言い残したのです。

もともと師行は宗家の出身で、分家の後を継いだ人なので、根城南部氏のことだけでなく、宗家の将来にまで細かく気を配っていたのでしょう。

 

 この師行の遺訓は、その後も数代固く守られて、宗家と分家はたとえ敵味方の関係になっても、直接戦を交えることはなく、互いに助け合いながら南部氏はともに長く栄えることになります。

 【参考引用文献/物語 南部の歴史・中世編】

f:id:komeikanendo:20210609043443j:plain つづく

 

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南部のはなし おおはたまちができるまで~南部のはなし~1

 

 

*1:ちゃっけ=本家