こめいがねんど

むつ市大畑町と東津軽郡蓬田村の歴史や文化、たまに趣味のねんど作品を紹介する雑記ブログ

源さんが行く107

 

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どうも、しょうさんの息子のゲンです。

 

 原始謾筆風土年表(げんしまんぴつふどねんぴょう)とは

  江戸時代の下北地域の政治・経済・文化を、近江出身で大畑にて商業に従事した村林家の二代目源助(通称)によってまとめられた記録です。

 

源さんによる幕府の東蝦夷地直轄記録を続けます。

 

寛政十一年(1799)の記録・東蝦夷地が幕府直轄地(上知)と決定・其の伍

■このたび東蝦夷地へ公儀にて御役人差し向けられ候。

根源と申すは 松前家にて東西の蝦夷地の猟魚の場所へ商家より運上金と申すを差し出させ、年限任せ置きゆえ、勝手次第に米・酒・煙草・木綿等を魚物、獣皮と互易致し来たる。

元来、倚利事業ゆえ、酒一升と申すは酒八合に水二合も加え、米一俵と申すは一斗入りなるを七升くらいを入れて一俵と唱えて交易の旨、甚だしく邪欲の至り。

商家は利潤を元と言えるなれば、さも有るべけれど、右の体、不正の風俗、松前家にて糺すも有るべきに、蝦夷地、遠き所の事ゆえ、ことごとくも正し矯せざるも余儀なき進退と言いながら、元来、東蝦夷地は手遠の場所、商家不正の筋にて扱いなば、往々相そむくべくも謀りがたき。

(意訳)この度、東蝦夷地に幕府役人を派遣した。

事の起こりは、松前藩が東西蝦夷地における各請負場所の商家から運上金を差し出させ、経営を任せきりにしてきたため、商家は勝手次第に米、酒、煙草、木綿等を蝦夷地の魚や獣皮と交換してきた。

元来が営利事業ゆえ、酒一升に水二合を加えたり、米一俵を七升にしたり、蝦夷人との交易に甚だ不正がまかり通った。

商人は利潤を追求するのが本来の姿であり、これらの不正をただすのは松前藩が行うべきであった。

しかるに、蝦夷地は松前藩から遠く離れているため、これらを全面的に矯正できなかったのも致し方ないことと思うものの、元々、東蝦夷地は遠隔の地、商人たちが不正を行おうとすれば、蝦夷人たちはそれに抵抗することが困難なことは目に見えている。

 

ことさらロシアよりは順路にして近年しばしば辺要へ入り来たり。

種々の品々を与えて懷んと慮りて、ついには蝦夷地を手に入れんかも謀り難く、そのままには閣れず。

兎角は、仁恵を元に致し、衣服、住家等まで取り締まり、あるいは米穀・煙草の類を与え、懇ろに説き示し帰服なさしめ、月代を剃らせ髪をも立たせ、服用を革め、襟を右に、靴を履かせ、文字をも教えて、金銭を通用し、神仏を恭しくなせば、自然と良民と化し、王命を服し、真の日本人になさしめんとの御趣意なるよしとて。

夷狄を正民に化成し仁恵を専務とせんには、数万金の費を厭わず。

蝦夷地さえ教化行えば、西蝦夷も令せずして自然と王化に服従たるべきとの御含みなるよし。

(意訳)ことに東蝦夷地はロシア船の通り道であり、近年しばしば辺境の地にロシア船が姿を現し、種々品類を与えて蝦夷人を手なづけようとしており、蝦夷地がロシア領にという事にもなりかねないので、そのまま捨て置くことはできないのである。

そこで、仁愛を基本に衣服、住家等までも取り締まり、米穀・煙草などを与えて丁重に説き伏せ、服従させる方針である。

額に月代(さかやき)を剃らせ、チョンマゲを結わせ、服装も改めさせて着物の襟は右前合わせに、靴を履かせ、文字も教える。また、金銭を通用させ、神仏を敬わせる。

そのようなことを進めて、自然に幕府の威光に従わせ、真の日本人になさしめんとの幕府の意向である。

異民族を日本人化し、仁愛を施すためには数万金の金銭の出費を厭わない。

そして東蝦夷地が教化されれば、西蝦夷アイヌたちも自ずから服従することであろうとの意図である。

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 へつづく

 

 

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