こめいがねんど

むつ市大畑町と東津軽郡蓬田村から青森県の歴史や記録を紹介する歴史探求ブログ

源さんが行く47

 

 

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どうも、しょうさんの息子のゲンです。

 

 原始謾筆風土年表(げんしまんぴつふどねんぴょう)とは

  江戸時代の下北地域の政治・経済・文化を、近江出身で大畑にて商業に従事した村林家の二代目源助(通称)によってまとめられた記録です。

 

寛政三年の記録はかなりあります。

 

寛政三年(1791年)の記録・その四   

仙台で百姓一揆が起こる。

石母田近江が馬に乗り、一揆を抑えるために街道筋を急いだ。

ところが、その進む先に十二本の太刀が地面に逆さにして立てられていた。

また、十八㍍隔てて幕*1が張られ静まり返っていた。

それは、思いがけない光景だった。

幕の中にどれだけの人間がいるのか見当もつかず、いぶかしく思ってたじろぎためらいながら、ムシロを上げ、身を乗り出すと、たぶん降参する時期を見計らっていたのであろう、屈服して地面にひざまづき命乞いした。

なりゆきを判断して屈服を受け入れたのであろう。

仙台の百姓一揆は、その後、平穏に収まった。

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大きな竹は仙台・石巻から伝わったものを、寛政九年(1797年)に佐井から移植した。

大黄*2と黄梅*3は、同年盛岡から伝わった。

小葉のヒャクブ根、貝母*4は、享和元年(1801年)松前から伝わる。

赤李(あかすもも)は一時なくなったが、今年、加賀藩の宮野越*5からたまたま運ばれてきた。

 

盛岡の久慈文大夫・東皐(とうこう)文真と称す者の書が流行っている。

野辺地の野村逸泯の書は十二枚で一歩の値段である。

 

源さんが行く48 - こめいがねんど

へつづく

 

 

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*1:ムシロテント

*2:だいおう=タデ科多年草。二㍍、黄色い根茎の外皮を除き乾燥したものが生薬。健胃剤

*3:ジャスミン

*4:ばいも=ユリ科多年草。鱗茎を乾かして煎じて咳どめに用いる

*5:みやのこし、金沢市内金石町の旧地名。加賀藩の城米の集積地だった。