こめいがねんど

むつ市大畑町と東津軽郡蓬田村の歴史や文化、たまに趣味のねんど作品を紹介する雑記ブログ

おおはたまちができるまで~南部のはなし~54

 

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どうも、しょうさんの息子のゲンです。

 

南北朝時代のみちのく2です。

 

 みちのくの新政02

国府政治の復活02

京都を十月二十日に発って、目的地の多賀に着いたのは十一月二十九日(旧暦)でした。

東北ではもう真冬なので、多賀のあたりはすでに、薄く雪化粧をしていたかもしれません。

いわゆる建武の中興といわれるもので、これまでの武家政治*1を廃して、天皇親政*2の昔に返ったのです。

地方政治も、中央から派遣された国司の支配によって行われるようになりました。

 

みちのくは「日本の半国」などと言われるほどの広い区域なので、天皇は特に皇子の義良親王国司陸奥守)顕家にそえて派遣したのです。

しかしその頃の東北の実情は、顕家たちにとっては、必ずしも新政を進めるには好ましい状況ではありませんでした。

それは顕家の父・親房や、護良親王とは考えの違う「反顕家派」の足利尊氏鎮守府将軍に任ぜられていたからです。

鎮守府将軍というのは、昔から東北では、陸奥守にならぶ権力を持っていました。

そのうえ尊氏は、北条氏から没収した十三ヵ国のうち、三十ヶ所の地頭職を与えられ、その中には、北条泰家(入道慧性)の旧領であった陸奥外ヶ浜糠部までも含まれていました。

そのほか尊氏の旧領地・加美郡宮城県)や会津津軽紫波郡などにも尊氏は大きな勢力を持っていました。

なので、せっかく顕家たちが使命をおびて東北に来ても、新政を行うには大きな抵抗があったのです。

 【参考引用文献/物語 南部の歴史・中世編】

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つづく 

 

蓬田村の古代 よもぎたむらができるまで01

大畑町の古代 おおはたまちができるまで01

アイヌルーツ よもぎたむらができるまで04

蝦夷の反乱  よもぎたむらができるまで10

奥州藤原氏  よもぎたむらができるまで27

大河兼任の乱  よもぎたむらができるまで46

南部のはなし おおはたまちができるまで~南部のはなし~1

 

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*1:武士の征夷大将軍が行う政治

*2:天皇が中心となって行う政治