こめいがねんど

むつ市大畑町と東津軽郡蓬田村の歴史や文化、たまに趣味のねんど作品を紹介する雑記ブログ

源さんが行く03

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感想(2件)

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どうも、しょうさんの息子のゲンです。

 

原始謾筆風土年表(げんしまんぴつふどねんぴょう)・第3回を始めます。

 

 

原始謾筆風土年表とは

  江戸時代の下北地域の政治・経済・文化を、近江出身で大畑にて商業に従事した村林家の二代目源助(通称)によってまとめられた記録です。

 

天明三年(1783年)の記録・其の壱

 村林源助 36歳/宿老(しゅくろう=高官)

浅間山信濃)大噴火 7月8日・午前10時

 二日前から激しい噴火の様相を見せていた浅間山が、大音響とともに爆発。幅50m、高さ1,000mにも及ぶ火煙を噴き上げた。

大爆発とともにあふれ出た溶岩は、秒速100mの巨大な火砕流となって上野我妻郡鎌原村(現・群馬県つまごい)を飲み込み、村人596人中、466人が死亡

 流れ出した火砕流は我妻渓谷になだれ落ちて各所で川をせき止めて、鉄砲水が川下の村々を押し流した。

被害が五十五ヶ村に及び、子供を抱いた死体や、首や手足のない人馬の死体が、壊れた家屋・家財とともに利根川、江戸川下流に流れ着いたという。

 江戸幕府はこの時の死者を約二万人と「徳川実記」で発表している。

 また、この噴火は北半球に異常気象をもたらし、ロンドンではきれいな朝焼け・夕焼けが観測されたという。【日本全史より

 

 子供を抱いたままとか、首や手足がない死体って…。

しかもそれが川から流れてくるって…。

まさに地獄絵図です。

 

〇堺忠兵衛を発起人として心光寺の四十八夜*1を開催。

 この時、勢州(三重県)桑名の湛道(たんどう)というひとが阿弥陀経について講和した。

知誉白道幡随(ばんずい)がキリシタン成敗の話に、満座の人々が聞き入った。

またこの僧は庭園づくりも行っていて、その折のことであるが、

小石を中指と人差し指、薬指の間にはさんで、

手のひらを石の上に置き、

右の手のひらを斜めにして打つと、

なんと挟んだ小石が割れた。

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 その瞬間の表情の鋭かったこと。

熟練者の技もここまで来ればたいしたものである。(源さん談)

 

〇六月、鳶(トビ)の死骸がたくさんあった。

〇安渡海(むつ湾)でホタテ貝がたくさんとれた。

〇宝国寺の榧(かや、いちい、オンコ)の実が、例年は数粒なのに、今年は数千粒熟した。

〇山中や野原の笹の実も、例年はたまにあるだけなに、今年は実ること甚だしい。

 

 

★梅雨の長雨による曇り続きで、土用(7月20日~8月7日)に入っても東風(ヤマセ)が吹き止まず、世の中が物騒になり、人々の中に不安が広がった。

七月末ごろから飢渇(ケガヅ=飢饉)の様相

海藻は取り尽くされ、山菜はもちろん、葛の根、ワラビの根、ヨモギの類まで根を掘り集めて、手間ひまかけてデンプンを取り、食用とした。

もう、生きるのにみんな必死なのが伝わってきます。

食料は毎朝採りに行ってたんですかね?

仕事には採りに行ったあとにいってたのかな。

家族に頼んで、自分は仕事にいってたのかな。

でも大畑の人みんなが採りに行ったら、

食材がすぐ無くなっちゃうんじゃないかな。

 いろいろ考えちゃいます。

 

なんにしても必死です。

 

次回も大畑のひとたちの苦労が続きます。

 

源さんが行く04 - こめいがねんど

 

へつづく

*1:しじゅうはちや=阿弥陀四十八願にちなんで四十八夜の間、念仏を唱え、浄土三部経を講説する行事。